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大学での学び方が分かってきた話

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大学に入ってから、すでに3年以上が経過しました。はやい。

当時中学生だった人は高校生に、そして高校生だった人は大学生になっていることでしょう。私も「大学生」という肩書きこそ変わりませんが、3年前と比べて何となく考え方や在り方が変化したように思います。というか、しててほしい。少しくらい大人になってるはず(願望)。

本日お伝えしたいのは、ここに来てようやく「大学生の勉強の仕方」が分かったような気がするということです。いやもう大学生活折り返してますけど。ずいぶんと時間かかりましたね。

特別誰に向けて書くというわけではなく、ただ私が現在進行系で大いに暇、かつ文章書きたい欲が急騰しているということで、少しばかり駄文を連ねようというモチベーションで書いています。

まとまりのない文章ですが、どうかご容赦ください。

大学受験までの勉強は「楽」だった?

みなさん、勉強は好きですか?

私は、好きはないけど、別に嫌いでもないかな、という感じです。

実際、私はもともと中学受験組ですし、大学受験ではそこそこ勉強してそこそこの大学に入れた身ですから、勉強が出来る側の人間だという自覚はあります。

でも、それは勉強が好きだったからというよりも、「勉強という行為」が他の人よりもちょっとだけ得意だっただけだと思っています。サッカーが得意、ピアノが得意、絵が得意と同じ感じで。それがたまたま、「勉強ができる=良いこと」とされる日本社会にマッチしただけの運のいい人、というわけです。

そのため、ペーパーテストで点数を取ればいい高校までの勉強は苦ではありませんでした。だって、ただ点数が上がるような勉強を効率よくこなせばいいから。やることはだいたい決まっているし、やったらできるし、かけた時間の分だけ成果は出るし。だから、大学受験までは、ただ「勉強」という自分の得意分野で戦えばいいだけの話だったので、何も困ることはなかったのです。

しかし、大学に入ると授業の様子が一変

1年次の一発目から、線形代数がわからず、授業中はずっと「?」。いや、行列の計算はできるんだよ。固有値もかろうじて求められる。でもベクトル空間ってなんやねん。抽象的すぎるし。あと、演習問題とかこれが演習問題なの?って感じ。演習って、答えのある問題を解くことじゃなかったの?と。それで結局、固有値求めて何が嬉しいの?みたいな。

一番変化が大きかったと思うのは、いわゆる青チャートのような「問題集」が大学範囲になると(ほぼ)ないということです。今になって思いますが、そもそも「答えのある問題を解く能力」自体が、大学過程では(必ずしも)求められているわけではないので、当たり前と言っては当たり前なのでしょうが。

問題集を反復して、解法を覚えて、それをテストで使いこなす、という一連の流れで戦ってきた私にとっては、まるで文化の違う異国に突然放り出されたような感覚でした。

きっと大学での勉強というのは、授業でその分野の大枠を紹介してもらって、ほかの授業で学んだことと横断的に結びつけて、その中で特段興味を持った分野に関しては自分で本を読んで専門的な知識を身に付ける、という主体的な学びなのでしょうね。「そりゃそうだろ」と思う方も多いでしょうが、多くの大学生がハマる落とし穴に私もまんまと引っかかったというわけです。

そんなわけで、3年生くらいまでは、授業を聞いても教科書を読んでも、途中の意味不明な式変形は追えないし、結論として導き出された式を見ても「こんなのどうやって覚えるんだ……?」と思ってばかりいました。高校までの勉強方法に囚われているうちは、思うように進まないのも当然です。

しかし、4年生になって院試の勉強のためにいろいろ復習する中で、世の中の学問は人間が何らかの自然現象を「数学」という道具を使って適切にモデル化したものにすぎない、ということに気付いたのです。そのことに気付いてからは、驚くほどすっと理論が理解できるようになりました。

「この式はここ近似しているから、こういう場合に適用できる」とか、「複雑だからいったんテイラー展開して線形に近似しちゃおう」とか、結局、数式は「それ自体」が真実なのではなく、頭のいい誰かが人間にわかりやすいように「表現した」ものでしかないと思うようになりました。(多少工学部的な考え方かもしれませんが……)

それで、最近は図書館でいったんタイトルと目次だけ見て、それで惹かれた本を何冊も借りてきて、それをいったん机に積んでおいて、暇なときにパラパラめくってみて面白そうだったら読む、期待はずれだったらすぐ返しに行くというスタイルを取っています。これの何がいいかというと、重要事項は複数の本で説明されているわけですから、自然と何度も反復して目に入ってくるということです。またその式の形が異なったり、導出や説明が違ったりと、同じ現象を様々な角度から見られるという面白さもあります。

もともと大の活字嫌いで本を読むことは苦手だったのですが、このおかげで専門書を読むハードルが下がり、大学の勉強が面白いと感じられるようになりました。点数を取ることが目的ではないので、知的好奇心の向かうままに、もっと気楽に学べば良かったのですね。

もしかしたら、この話が参考になる人もいるかも。でも単位取ったり成績取らないといけないなら話は変わるけど。

研究になると、もっと自由すぎる

あの、思ったより研究って放任ですね。いや、こういうこと言ってるうちはただの甘ったれ大学生なのかもしれませんが、それでも思った以上に放任です。

1ヶ月くらい研修してもらって、テーマ与えられて、それじゃ後はよろしくね〜〜、みたいな。

マジか、と。

でも、本来は自分で考えないといけないはずのテーマを与えてもらったのだから、贅沢は言えない。丁寧に研修までしてもらえる研究室の方が珍しいのかもしれないし。

ただ、本当に何もわからないまま始まったので、研究手法もわからないし、着地点がどこになるか見当もつかないし、与えられたテーマの理解すらおぼつかないスタートでした。だいたい、企業様との共同研究ですから、1人で進めるわけにもいかないし、半導体装置の使い方もわからないから教わりにいかないといけないし、でも2週間に1回進捗報告があるから何かしら成果を出さないといけないし……。

たまたま前のバイト先(某進)でストレス耐性が鍛えられていたおかげで、かろうじて生きていますが、思った以上に心理的負担は大きい。

それでも、やっぱり何か突き詰めたいものがあって、それに対して唸りながら必死に取り組むのはとても楽しいです。環境としては人生でこれ以上ないほど恵まれていますし、やろうと思ったらとことんやれるし。

ただし、自分から動かないと誰も助けてくれない。

さまざまな大人とも関わっていくわけなので、適切な塩梅でやっていかないといけないのもあります。前のめりすぎても進捗報告でボコボコにされるし、かと言って遠慮しすぎても研究は進まないし。もうすでに、次の一手に悩んでいますし、先行きは何とも不安な感じです。

でも、頭を悩ませて色々頑張っていたおかげか、いいこともありました。先日、構想発表会があり自身の研究テーマについてたくさんの教員の前でプレゼンしてきたのですが、どうも発表者の中で私がトップの評価をいただいたようなのです(非公開だから詳しくは知らない)。これは結構うれしかったですね。自分が悩んでやってきたことはそこそこ人に認められることだったのだな、と。

これから夏休みですが、基本的に平日は毎日行くつもりです。じゃないと成果出ないし。やる気はあります。あとは気合いと根性。これからも気張って頑張りたいと思います。未来の私が上手くやっていることを願ってます。

おわりに

今回の記事は、いつにも増してまとまりのないエッセイのような感じになってしまいました。もっと軽やかに読み進められる文章を書けたらいいのにな、とつくづく思います。

よければ普段の記事についても感想ください。「面白くなかった」「よくわからなかった」とか言われたら悲しいけど。でももっとやる気出るかも。

お互いがんばりましょうね。

それでは次の記事でまたお会いしましょう。

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